親は「勉強しなさい」を言わないで○○して【子どもが親をうざいと思う理由】

「勉強さえしていれば、あなたの人生は上手く行く」
そんな時代は終わりました。

学校の勉強ができたって、必ず「大企業で安定した職を得ることができる」
訳でもなければそれが唯一無二の目指すべき価値観ではない。

今や自宅で仕事をすること、組織に縛られずに仕事をすること
場所を選ばず自由に仕事をすること
自分の好きを仕事にすること、

これを若い人たちは望んでいるんじゃないかな。
そしてこれがデフォルトになっていく。

自分で人生をクリエイトしていくことが「普通」になっていく時代。
多様化が拡大していく時代。
そう考えると「学校の勉強をきちんとやりなさい」と教えることほど
無意味なことはないように思います。

学校の勉強が無意味なのではなく
「学校の勉強だけしていればいい」
そういう価値観を教えても、子どもはその後困ってしまう

勉強さえしていればいい、と言われてきたのに
ある日突然、
じゃあもう大きいのだから後は自分で生きなさいと放り出されてしまう。

え、生き方、教えてもらってないけど、、、
どうやって生きて行ったらいいの?
勉強だけしてればいい、って言ったじゃん、、、

親がすることは

・どうしてその勉強をしておいたほうがいいのか
勉強の意味を一緒に考えること
・子どものやりたい事、好きな事を一緒に見つける
・子どもがどう生きていきたいかを一緒に考え続けること

なんじゃないかなと思って、
今日はその話を皆さんと一緒にしたいです。

「勉強しなさい」は親の逃げ?

私は自分のことを「毒親育ち」、正確に言えば「大人になれなかった親に育てられた」と認識しています。
割と裕福な家庭で育ったので習い事をしたり、留学させてもらったり
「学校の勉強」はできるほうでした。

でも、生き方を教えてもらっていない。
父親と関わった記憶がない。
一緒に遊んでもらった記憶がない。
悩みに寄り添ってもらったことがない。

自分の生きづらさに、過去を辿って行ったとき
そのことに気がついて愕然とした瞬間がありました。

特に、悩みに寄り添ってもらったことがない
話をしっかり聴いてもらえたことがない
一緒に考えてもらったことがない

そう思った時、母親への怒りが湧いてきました。

勉強しなさい、勉強を頑張るのがあなたの役目、と言われ
バイトをするのも勉強に差し支えるからダメだと言われ
でもその割には進路についてあーだこーだ言ってこず、
「自分で決めなさい」って
たかが中学生が将来のこととか学校のこととか
なんのヘルプも無しに決められないよ

勉強さえしていればいい、と
勉強しなさいと言われてきて
でも勉強しなさい、としか言われてこなかったから

どうやって生きていったらいいのかわからなかった
何をするにも「それって意味ある?」と意味を考えてしまうようになった
純粋に楽しむ、ということを知らなかった

そんな子どもでした

ちゃんとしなさいと言われるけれど
どう「ちゃんと」すればいいのか教えられていないので
世の中の「正解」ばかり追うようになってしまいました。

「ちゃんと」「勉強しなさい」って、
親の甘えというか、逃げの言葉のような気がします。

自分もわからないから、あなたがちゃんと自分で決めなさい、って。
一緒に考えることもしていないし
子どもの気持ちに向き合うこともしていない

とりあえず「勉強」していれば、それは「間違い」ではないから。
「勉強しなさい」と親が言うのは「親として間違っていないから」。
親としての「正解」がわからないから、「間違いではない」ことをしている
という逃げ、かな。

親も子どもだったんだ、親も子に向き合う余裕がなかったんだ
そんな風に思います。

勉強しなさいがウザい理由

なぜ子どもが親の「勉強しなさい」をうるさいと思うのか
それをウザいと思うのか

「勉強しなさい」には親のエゴが入っているのを察知するからです。
本当に自分のために言っているのか?
世間体を気にしてそう言っているのか?
自分の親としての在り方を否定されないために言っているのか
子どもは無意識に察知します。

親として向き合ってくれていない
真剣に向き合ってくれていない
親はそれさえ言っていればいいと思っているんだ、
と思っているからです。

多感な子どもには勉強以外にも沢山の悩みがあります。
毎日色々なことが起こります。
振り返れば日々が刺激で溢れていました。

友達との関係や将来のこと
不安なこと、嫌な気持ちになったこと
比べてしまう気持ち、大人への違和感

「勉強しなさい」ばかり言う親は
子どもはまだ子どもなので何もわからない、弱い存在で、
能天気ハッピーなのが子どもらしさであると思いこもうとしている
ような気がします。

でも実は、子どもって大人が思う以上に色んなことを知っている。
考えている、わかっている。

だからまず「勉強しなさい」と言いがちな親は
子どもを見下すことをやめる
ここから始めて欲しいと思います。

子どもなんだから
まだ○○なんだから
親なんだから当たり前でしょ

という言葉で親子関係を上下関係にしないで欲しいと願います。

しっかり子どもの気持ちと向き合ってください。
子どもは「勉強しなさい」ばかり言われると、傷つきます。
勉強している自分以外に親は興味ないんだ、と感じるからです。
本当はもっと色々な気持ちを抱えていること
親に聞いて、受け止めてもらいたいから。

言われた通りに勉強ばかりしていても、人生が上手くいくはずない。

勉強は自発的に「学びたい」という気持ちが生まれて初めて意味を持ちます。

子どもにそんなに「勉強」して欲しいのであれば、
まず親が勉強の楽しさを教えてあげてください。
何が楽しくて勉強をするのか
勉強するとどんな大人になることができるのか
勉強をするとどんなことができるようになるのか

子どもと向き合うことから逃げないで
勉強しなさい、と言う理由まで子どもに説明してあげてください。

子どもに勉強は必要か?

学校教育はもちろん必要だと思います。
人生は学びの連続です。モノを知らなければ、自分が何を好きかもわからない。
自分の好きなものの存在を知るためにも学びはとても大切です。
しかし学校という場所は「机に向かって勉強」する以外にも
人との付き合い方を学び、自分を知る場所でもあります。

遊びも学びです。
子どもたちには
沢山遊んで、自分が興味があることを追求していって欲しいな。
楽しいを最優先に、子ども時代のキラキラした時間を
できるだけ長く楽しんで欲しい。

そのためには、子どもを尊重すること。
「勉強しなさい」に逃げないこと。
子どもの話を聞くこと。

勉強しないのであれば、なぜ勉強したくないのか聞くこと。
その理由を聞いても、勉強したほうがいいと言うのであれば
その理由を説明したり、一緒に取り組んだりして子どもと関わること。

関わりもせずに「勉強しなさい」に逃げないで。

まとめ

子どもって親が思っている以上に親とは別の人間なんです。
それを受け入れて、人間対人間の付き合いをして欲しいな。

親なんだから、子どもなんだから、当たり前でしょ
勉強しなさい、という言葉は子どもを切り捨てる言葉と態度だと私は思っています。

子どもが親に求めていることって、受け入れてもらうこと
話を聞いてもらうこと、それだけだと思います。
逆にそれさえあれば、自分から色々学びに行くんじゃないかな。
冒険しに行くんじゃないかな。
そしてたくましく育つ、そんな気がしてなりません。

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