悩みを相談された時、特に近しい人から相談されると
ついつい「え、どうするの????」と感情で反応してしまう
そんなことは誰にもあることだと思います。
しかし、悩んでいる方は、どうするの?と言われても
困ってしまうことのほうが多いのではないでしょうか。
私はHSP気質(繊細・共感性が強い・感受性が強い)タイプです。
言い換えれば「神経質」でもありますので、
もしかしたら細かすぎるのかもしれませんw
でも、私は話をしていて、「え、どうするの?」と言われると
「そんなのわからない!」とイラッとしてしまいます。
相談をするとき、相談をされるときのマナーとして
コミュニケーションのすれ違いが少しでも減りますようにと願いを込めて
私がなぜ「え、どうするの?」にイライラしてしまい
「そっか。あなたはどうしたいと思ってる?」と聞いてもらえると
安心して話をすることができるかについて考察したいと思います。
「どうするの?」がうざい理由
ここでは反抗期の子どもと親の会話を例にして考えてみたいと思います。
※夫婦関係でも恋人同士でも、友人同士でもどんな関係でも
応用できます。
進路に悩んでいる子どもが親から「あなた、これからどうするの?」と聞かれるとします。
間違いなく「うっせーんだよ!」という声が返ってくるでしょうね。
なぜか。
「どうするの?」には他人事のにおいがします。
同じ目線で物事を考えてくれていないような印象を受けます。
進路に悩んでいる思春期の反抗期の子どもは、これからどうすればいいのか不安なはずです。
大人を信じることができない。大人なんて、、、と思っている。
大人を信じることができないということは、社会に出て色々経験を積んできた「人生の先輩に
アドバイスを求めることができないということです。
まわりの仲間が話を聞いてくれればラッキーですが、
多くの場合仲間もまた未熟な子どもなのですから、その子が望む言葉や答えをあげられないのではないでしょうか。そうするとこの子は一体どうしたらいいかわからず不安で孤独なはず。
そんな時に、「あなた、これから進路どうするつもりなの?」などと聞かれると
子どもは余計に孤独を感じるのではないでしょうか。
わからないことを聞かないで。
何が正解かわからない。
自分にもわからないのに、わからないことを責めないで。
そんな気持ちになるんじゃないかな。
一緒に考えてくれないんだ、そんな風にさびしくなって絶望しちゃう。そしてその絶望が怒りに変わり「うるせーよ、ババア」みたいな言葉になる訳です。
「どうしたい?」と聞かれると尊重されているように思う
同じく反抗期の子どもと親の進路をめぐってのコミュニケーションを例にします。
上に書いたように「どうするの?」には突き放したような、どこか「あなたが決めなさいよ」
と言っているような響きがあります。
それに対して、「ねぇ、これからどんな風に生きていきたい?あなたはどうしたいと思っている?」と聞いてもらえると、すごく話しやすくなりませんか?
こちらに興味を持ってくれている、知りたいと思っている、そんなニュアンスを感じます。
一緒に考えようよ、そう、誘ってもらっているような感じです。
自分でもわからないこと
進路を決定するのにはタイムリミットがある
でも決めなければならない
それはわかっている、けどどうしたらいいんだかわからない
そんな不安と焦りと孤独感がある時に
「一緒に考えよう」と言ってもらえるだけでかなり救われるような気がします。
親もまたこういう時は不安なので、「あんた、一体どうするつもりなの?」なんて
イライラしながら言い放ってしまうのもわかりますが
それは親が自分の不安を子どもにぶつけているのと同じです。
だからウザいのです。子どもは自分のことで精一杯なので、親の不安をぶつけられても困ってしまいます。
親は自分の不安をぶつけるのではなく
悩みに答えを出さねばならない張本人(子ども)に寄り添って
本人が考えられるように言い方を工夫すると無駄な言い争いは減ります。
「あんた、これからどうするの?(正解を求められている)」ではなく
「あなたはこれからどうしたい?どんなふうに考えてる?(答えに自由度が高い、意見を言えばいい)」
という具合に切り出すと、会話のキャッチボールは少なくとも数回は続くのではないでしょうか。
そしてきっと無駄な噴火的な怒りのぶつけ合いには発展しないと思います。
圧倒的な差は相手に寄り添う気持ち
最後も子どもと親の進路をめぐる会話を思い浮かべながら解説します。
「あんた、一体どうするつもりなの?」と少し強めな態度で言ってしまう時
知りたいのは、「あなたはどうしたいと思っているの?」ですよね。
しかし「この子は一体どうなってしまうんだろう」という自らの不安から来る苛立ちに任せて
上から押さえつけるような、「親らしい」態度で「どうするのか言いなさい!」と
子どもに迫っても、知りたい答え(子どもの今後の進路希望)を知ることはできません。
苛立ちをぶつけると欲しい答え、欲しい結末からどんどん遠ざかっていくものです。
苛立ちというのは自分の不安から来ています。
つまり苛立ちをぶつけるというのはあなたが私のエゴを満たしなさい!と相手に求めているということ。
相手に寄り添っていないのです。相手の立場に立っていない。
なので「こいつは自分のことしか考えていないんだ」と子どもは本能的に感じ、
「うざいんだよ!」と親をはねつけます。
バレてるんですよね、親の不安やエゴや弱さが。
なので親ぶろうとせずに、知りたい答えを知りにいきましょう。
「あなたはどんな風に考えている?あなたはどうしたい?」そんな風に
子どもに「答え」をひとつその場で出して答えよ、と押し付けるのではなく
子どもと一緒に「答え」を探していくような対話ができるといいですね。
まとめ
悩み相談をして、「え、どうするの???」と言われると
もう話す気がなくなります。
この人は私の話を聞く気はないんだと認識します。
ちょっと話をしただけで結論を聞こうとするタイプの人は、ちょっと相談役は適役ではありません。
何か困っている時というのは解決策を求めているのではなく話したいのです。
どうすべきか、色々今の気持ちを話したい。
結論を出そうとしていない状態が「悩んでいる時」です。
なのでそもそも「悩み相談」を受けた時に結論を出そうとすることが不毛です。
一緒に考えて欲しい、一緒にこの想いに想いを馳せて欲しい、共感して欲しい
それだけだから。
「そっか。で、あなたはどうしたいと思っているの?」と話を促してもらえると
とてもありがたいですよね。「え、どうするの???」と「そっか。で、あなたはどうしたいと思っているの?」はとても似ているように思えるかもしれませんが、二つの態度のニュアンスはだいぶ違います。
これを読んでくれたあなたが
大切な人が相談をしてきたときにきちんと話を聞いてあげられますように。
最後まで読んでくださってどうもありがとうございます。