「聲の形」7タイプの生きづらさを考える【弱さ 自己嫌悪 後悔】


映画『聲の形』DVD

はじめに言わせてください。
「聲の形」、最高の映画でした。
あらすじや作品紹介などかっ飛ばします。すでに映画を観た人向けの記事になりますが、まだご覧になっていない方で以下に当てはまる方には是非是非、強くおすすめしたい最高作品です。

  • HSP気質な人
  • 生きづらさを感じている人
  • いじめられたことがある人
  • いじめたことがある人
  • 後悔していることがある人
  • イライラが止まらない人
  • 偽善者が嫌いな人
  • 本音で語り合いたい人
  • ちょっとかっこつけちゃうこともある人
  • すぐ被害者ぶってしまう人
  • 他人との境界線が薄くて距離感がつかめない人
  • 誰かを守りたい人
  • すぐに謝ってしまう人
  • 自信がない人
  • 集団行動が苦手な人
  • 自分以外の世界はわからないものだとタカをくくっている人
  • 自分なんかダメだと思っている人

この作品で描かれている人間の弱さは誰かひとりを通じて表現されているのではなく、キャラクターひとりひとりがひとつずつ背負っています。弱くない人なんていない。誰しもにこころのひっかかりは必ずある。

でも弱い自分を好きになれなかったり、その弱さのせいで罪悪感に苦しんだり自尊感情がもてず自己肯定感の低さに悩んだりするものです。

子どもから思春期の視点で、学校のスクールカーストやいじめを通して人間のこころが描かれていますが、大人でも共感間違いなし。大人も子どもも、自分の弱さと向き合わざるを得ない瞬間がありますよね。

英国の子どもたちのスクールカーストや小社会、多様性の話はこちらから

いじめられて学校にいけなくなってしまった少女がおばあちゃんと一緒に田舎で自分と向き合うお話はこちらから

この映画で描かれていた7種類の生きづらさをキャラクター別に考えていきたいと思います。

1.世界から自分をシャットアウト【石田くん】

小学生が異質な存在を好奇心からいじめてしまうことは「よくある」ことなのかもしれない。興味があるからもっと知りたくて、他に関わり方がわからないからからかいから「いじめ」という手段になってしまう。

調子がよくて活発でクラスの中心人物だったにも関わらず、少し調子に乗りすぎた、それだけで一気にヒエラルキーを真っ逆さまに落ちていき、誰にも相手にされない「いじめられる」存在になるのがこの映画の「石田くん(主人公)」。

自分がしたことへの後悔、その罪を償うためだけに暮らしたであろう小学生時代から高校時代を彼はひとりぼっちで過ごす。「周りの人間」にバツをつけて顔がのっぺらぼう、名前の無い存在として認識し、周りのことを彼は知ろうともせずにシャットアウトしていたのだ。どうせ自分には関係ない、どうせ関わりの無い人たちだ、と知ろうともしなかった。

裏切られ、傷ついて、もう誰も信じられなくなってしまったんだね

ラストシーンで、石田くんが再び世界にこころを開くのがとても印象的だ。

2. すぐにごめんなさいを言うこと【西宮 硝子ちゃん】

西宮さんは聴覚障害を持つかわいい女の子。小学生の頃石田くんにいじめられた。彼女のおかあさんがなかなか手厳しい女性で見ていてくるしくなる。無表情でいつも疲れてイライラしていて、物言いがキツイタイプに見えた。ウィキペディアには(漫画原作では)西宮さんのお父さんは障害がわかってからお母さんにその責任をなすりつけて離婚した、とあった。お母さんも障害を抱えた娘と不登校のその妹、自分の母親との同居で疲れ果てていたんだろうなぁ。

西宮さんに対して植野さんがなんでもへらへら笑って謝れば済むと思っているところがムカつくんだよ!という趣旨のことを言ったシーンがとても印象的でした。まさに、です。西宮さんはいつも笑っていて、友達になろう、とほほ笑んだり、ごめんね、とすぐに謝ったり、「やさしい」女の子のように見えるけれども独りよがりなコミュニケーションになりがちだった。

でもそれもこれも自分のせいで両親が離婚したり、自分が迷惑をかけている、お荷物なんだ、ここにいてはいけないんだ、というような自己否定感を幼いころからずっと拭えなかったからすぐに「ごめんなさい」が出てしまうんだろうな。妹も実はいじめられて不登校になった様子で、西宮さんの罪悪感はきっととても大きいものだった。

すぐに「ごめんなさい」と下手に出ると、逆に他人の神経を逆なでしてしまうことがある。自分で考えろ、なんでも謝ればいいと思ってるんじゃないよ、と。

3. イライラしたり強くモノを言うと誤解される 【植野 直花】


聲の形(1) (週刊少年マガジンコミックス)

ずっと石田くんのことが好きだったのに、あの時石田くんを「売って」しまったことを悔やんでいたりするのに、素直になれずに暴言を吐いたり、ちゃちゃと入れたり、野次を飛ばしたりして石田くんに嫌がられる。恥ずかしいからそれを隠しながら勢いで石田くんの自転車の後ろに無理矢理乗るものの、道の向こう側に西宮さんが見えて、石田くんに「降りて」と普通のテンションで言われた時の(拒否された時の)植野さんの恥ずかしさと屈辱を想像してしまった。

まっすぐで曲がったことが嫌いで正義感が強いが故に気が強くいつも怒っているように見えるタイプの女子(エヴァで言うとアスカタイプの子)。上記に書いたように彼女が西宮さんに「笑って謝ればそれで終わると思ってるんでしょ?」と詰め寄るシーンがとても印象的だった。笑って済ませようとする卑屈さを抱えた人に対して、本当は何を考えているんだよ!本心を言えよ!と詰め寄りたくなるもの。

本音でぶつかりたいんだよね。相手を理解しようとしているんだよね。

傍観者で何もしない 【佐原 みよこ】

西宮さんはこの佐原さんに会いたいと再会を願った。この子は確かに二人でいる時はとてもやさしいのかもしれないし、手話も勉強していた。けれどこのタイプの人は信用し難い長いものには巻かれよ精神で、周りに流されるタイプ。何もできないそんな自分に罪悪感はあるものの、多分これからもそれは変わらない。「ごめん、私は全然変わっていない」というセリフが繰り返し映画の中で出てきたように記憶している。

あまり面倒には巻き込まれたくない。普通に暮らしていければそれでいい、というタイプかな。

すぐ被害者ぶる 【川井 みき】

「ひどい!私はそんなつもりじゃなかったのに!あなただって…!」と泣きながら訴えるシーンが何度かあった。典型的な、自分はいい子でいたくて、すぐに被害者ぶる面倒くさいタイプの女、女子に嫌われるタイプの女子を象徴するキャラクター。

いつもは眼鏡のおさげなのに、髪の毛をおろしてイメチェンをして登校「えー、時間がなかっただけだよぉー」と言いながらも「かわいい」という称賛の言葉を目で求めているようなしたたかさを感じた。

私が悪者になるなんて、想像もできない、と善良そうに見えて自分以外の立場になることへの想像力があまり働かないタイプ。主観的。

正論で冷静確実に貶めてくる 【島田 一旗】

正論ほど息苦しいものはない。それを言っちゃあ何も言い返せないよね、という正義を盾に責めてくるタイプ。批判はするものの自分はどうしたいのか積極的な意思を感じない。僕は君のやり方は前から気に食わなかったんだと、事態が悪くなってからいけしゃあしゃあと言い放つタイプだ。

映画では川井さんが、島田くんも石田くんと仲良くなりたいって言ってるよ、などと言って無理矢理仲間に引き入れた感がある。正義感ばかりを振りかざす人は存在感が薄い。何がしたいのかよくわからない。自分がないので、一般的な正義や正論に頼るタイプと言えるかもしれない。

距離感が読めない 【永束 友宏】

少し交流しただけで、すぐ「親友」になってしまう距離感の読めないタイプ。悪気はない。元気いっぱいで明るい。押しつけがましい。元気で明るいのに友達がいないタイプ。


聲の形 コミック 全7巻完結セット (週刊少年マガジンKC)

石田くんの家族

映画の中で石田くんのおかあさんは真正面から石田くんと向き合っていた。石田くんはおかあさんと姪っ子とは密にかかわっていたようだけれども、石田くんのお姉さんの顔が始終見えなかったのが印象的。そしてお姉さんの子どもの父親はどうやら筋骨隆々とした外国人らしいシーンがあり、それも印象的だった。自由奔放で快活なお姉さんと対照的に地に足の着いた生活を営み、孫の面倒も見るお母さん。お姉さんの顔が映らなかったのはなぜだろう。【こんな女にはなるなよ】のメッセージなのか、、、

生きるのを、手伝って欲しい

上に書いたように、登場人物は皆「欠陥」があるキャラクターたちだ。誰も「完璧なヒーロー」ではない。それでも一生懸命に、彼らは彼らなりに生きている。色んな生き方があって、さまざまなコミュニケーションスタイルがあり、多様な価値観、性格がある。

高校生になってもう一度全員が全員で心理的にしっかりぶつかり合った後に、「君に、生きるのを、手伝って欲しいんだ」という石田くんの言葉。お互いの違いを認め合った上で、お互い生きづらいよね、お互いダメなところがあるよね、でもいいところも沢山あるよね、こんな自分だけど、一緒に支え合っていかない?という誘いのこの言葉。

ひとりで生きていけるなんて思い上がりで、社会で生きていくためには必ず人と関わらねばならない、そして誰も完璧ではないから許し合っていこう、そんな気持ちがラストシーンの石田くんが涙し顔のバツが取れていくことに表れていた。

父親の不在

この映画には「父性」を持った頼れる大人の男が全く出てこなかった。特に序盤、小学生時代の頃の担任の男性の先生は石田くんをクラス内で裁判にかけ「おまえがやったんだろうがぁ!!!!」と責め立て、更にとなりの席に座っていた植野さんに「隣で見ていてどう思った?」と投げかけて植野さんまで巻き込んだ。悪者になりたくない植野さんは石田くんを売る形になってしまった。

石田くんのおうちにも父親は不在、おかあさんはシングルマザーで一生懸命お金を貯めながら苦労して美容院経営をしていたことがうかがえる。それなのに高価な補聴器を弁償させてしまった石田くんの気持ちを思うと映画冒頭からやりきれなかった。

西宮さんのおうちにも上記に述べた通り父親は不在。おばあちゃんと同居している。おかあさんと西宮さん、妹とおばあちゃんの四人暮らし。妹は当初「オレは硝子の彼氏だ!」と男の子ぶって、おねえちゃんを守ろうとしていた。そしておねえちゃんを死なせないために、おねえちゃんを守るためだけに生きていた。学校にも行かず、おねえちゃんをずっと見張っていた。おねえちゃんを死なせないために。そのために道で亡骸となった動物たちの写真を撮っては、家じゅうに張っていたのだ。男の存在が無い中、彼女は映画の中で「男役(守る役)」を買って出る存在だった。

消えた父親たちは何をしているのだろう。

父親不在の心理分析に

父滅の刃~消えた父親はどこへ アニメ・映画の心理分析~

まとめ

ひとは不完全で、誰しも何かを抱えている。イヤだ、嫌いだ、と遠ざけるのはとても簡単だけれども、どうしてイヤなのか、どうしてそうなったのかを掘り下げていくと新しい世界に出会うことができるのかもしれない。

本映画でも、キャラクター達がそれぞれの想いを抱えながら本気でぶつかった時に、お互いを許し、認め合うことに繋がった。

ぶつかることを恐れずに、誰かと深く関わることができた時、人は変わるのかもしれない。

生きること、生きづらさを考えるのに最高の映画です。


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