14か月の赤ちゃん育児 食事や言葉は?コロナ禍での不安や育児疲れ【HSPママ】

この記事を書いている現在、2020年7月です。
ここはアメリカ、カリフォルニア州。
コロナ、ソーシャルディスタンスの真っただ中で
今年に入ってからすでに3か月くらい生身の人間とコミュニケーションを取っていません。

いや、生身の人間に会ってはいる。
お店に買い物に行けば人がいる。
公園に散歩へ行けば人がいる。

でも、友達やママ友には、会ってない。。。

ストレスや不安が少し顔を出し始めましたので
そのことについて皆さんとシェアしたいと思います。

私は元々内向的でHSP

こんなことを書くと不謹慎と言われるかもしれませんが、
コロナが始まってから最初のほうは、
堂々と引きこもることができるなんて!やった!
という気持ちが少しありました。

現在私は14か月を少し過ぎた男児の育児をしています。
色々あって仕事は妊娠を機に辞めました。

息子が一歳になる少し前にコロナが始まりました。
それまで人間関係といえば、日本の友達とLINEでおしゃべりするか
「ママ友」メインになっていて、私は少し疲れていました。

「ママ友」というのは「子ども」という共通項があるから
知り合った人々、ということで逆に言えば
「子ども」がいなかったら知り合うこともなかったような人たちもいて
それが良い時もあれば、少し疲れることもあったり。

マウント取ったり、取られたりで
どう付き合ったらいいものか、、、
初めてのこの距離感に悩んでいました。

仲間外れにされると息子の遊び場がなくなるし、
かと言って積極的に会いたいかというと
会話が絶望的につまらない時や
大勢の集まりになってしまうと
結構キツイ。。。

育児にも少し慣れ、
子どもがまだひとりで動けないハイハイ段階、
あまり手もかからなかったので
お、堂々と引きこもれるなんて、いいじゃないか
なんてね、思ったんです。ソーシャルディスタンスが始まった時。

内向的なHSP気質だけれどもHSS型でもある私は、

リア充にならなきゃいけない
ひとりぼっちと思われるのはイヤだ
色々なことをやってみたい
でも人間関係や人と関わるのがめんどうだ
家でゴロゴロしていたい、本を読んだりテレビを見たりしたい
人が沢山いるところに行くとうまく立ち回れず落ち込む

こんな感じで対極する感情や願い、気持ちに振り回されて
疲れてしまうことが多いので、「みんな引きこもっている」という状況に
結構救われた気持ちになりました。

14か月の赤ちゃんはもう「赤ちゃん」ではない

14か月はもう「赤ちゃん」じゃない、子どもだ!
そう気づいたときにすごく不安になりました。

息子は、ひとりでごはんを食べることができるし
遊ぶこともできる
表情豊かでこちらが言っていることも大体わかっている感じ
もちろん細かい指示などはわからないけど
母親の表情を読み取ろうとしていること
何かを伝えようとしていることはとてもよく伝わってくる

ヤバい、もう一人遊びばかりさせていられない
ヤバい、他の子はどうしているんだろう?

そんな焦りと不安が押し寄せてきました。

私はHSP気質で内向的です。
もうこれは気質なので仕方ないと思っていますが、
息子にはできるだけ世界を広げて、色んな人がいることを
早いうちから教えてあげたい
世界はやさしいのだ、という実感をつけてあげたいと思っていました

しかしこのコロナで今まで当然と思っていた【ママ友】との付き合いが激減
他の子どもと触れ合う機会がありません

彼が関わるのは私か彼の父親、たまに親戚、それくらいです。
さらに切なくなるのが、公園に行って子どもたちを見かけると
笑顔で走り寄っていくようになりました

でも私はそれを止めねばならない。

感染にセンシティブな公共の場では
安易に他の子に近づける訳にはいきません。
でも、こんなことになる前は
相手のお母さんの様子を見ながら
先方が大丈夫そうであれば、
少しの間通りすがりの子どもたちが触れ合うことができたらいい
そう思っていました。

そんな風に「公園デビュー」できたらいいなと。
そんな風に色んな出会いがあればいい
息子に沢山の出会いを。

人間を必要以上に恐れることなかれ
大丈夫だよ

そう、教えてあげたかった

but look what we got here…

そう思った時に、
この子の社交性はこれからどうなってしまうんだろう
言葉は?
今からデイケア?感染が少し怖い、、、
こんな時に離れるのは不安、、、
みんなどれくらい発達しているのだろう?
この子の発達は、普通なの?
みんなどんなもの食べさせているの?

そんな風に不安がこみ上げてきました。

HSPママのジレンマと今後

かと言って、リアルなママ友知り合いを「一緒に遊ぼせよう」と誘うのは
結構ハードルが高い。

充分気をつけていても、彼にもしも「何か」が起きた時、
私は相手を責めたくないし、
私ももし相手に何かあって、相手から責められても責任を取ることができない。

そう思うと一緒に遊ばせたくても怖くて誘うことができない。
そして実際1か月ほど前にママ友から「うちにこない?」と誘われたけど、断った。
でも本当は一緒に遊ばせたい。

お友だちと、同年代の子と、和気あいあいとじゃれる姿を見てみたい。

コロナが始まった時、彼はまだ歩くことができなかった。
1歳の少し前。
「おともだち」と一緒にいても、社会性はまだ無くて
まあ多少の絡みはあったけども、各々でバブバブ言っていただけ。

だから私はまだ彼が「おともだち」と一緒に遊ぶ姿を
見たことがない。

今きっと一番かわいい時。
(今までもこれからもいつもかわいいけど)

人間らしさが出てきた時期とコロナが重なり
私は今これから息子が生きて行く時代は
確実に私の育ったそれとは違うことを確信していて
少し不安になっている

だからこそ、私は私で
私のやるべきことをやるしかないのだ

不安から逃げることはできない、だから
不安定に慣れること

今この瞬間を、一生懸命生きて
喜び、楽しんでいく

そしてそんな瞬間を続けていく

人生は点と点が繋がって線になるから。

まとめ

不安な時ほど、今を生きる。
今できることを、精一杯やる。

うん、また今日も楽しもう。

こんな風な不安な気持ち、もし共感してくださったら
コメントいただけるととても嬉しいです。

読んでくださってどうもありがとうございます。

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